多くのお客様のご支援をさせていただく中で、人材育成がうまくいっていないとの声を伺うことが多くなりました。「今までOJTに頼ってきたがベテランが辞めていく中で教えられる人がいなくなった」、「研修自体は実施しているが効果が出ているかわからない」など理由は様々です。
ものづくり産業を盛り立てるために必須となる人材の育成について、製造業が抱える課題を理解したうえで、押さえるべきポイントを理解したうえで人材育成に取り組む必要があります。
市場の変化により、ここ数年で製造業では多くの取り組みがなされてきました。その結果、設計者を取り巻く環境は大きく変わってきているといえます。それに伴い設計現場では何が起こっているでしょうか。
かつて、コスト削減のために行われた工場の海外移転では、人件費の大幅な削減が達成できた一方で、設計者が生産現場と切り離され、ものづくり側の知識が乏しい設計者が多く生まれました。また、効率化のために分業化が進んだことで、設計者が開発全体を俯瞰して把握できず、個別最適な設計がなされるようになりました。メカ、エレキ、制御など担当者間で整合が取れていないまま設計が進んでしまい、DRや試作等で初めて問題として顕在化し、大幅な手戻りを生じることが多々起きているのが現状です。
さらに、市場ニーズの多様化による開発L/Tの短期化は多くの企業で命題となり、既存設計の流用化による効率が進められてきました。その結果、効率化は達成されたものの、新規設計の機会が減ったことで設計者が考える機会が減り、そもそもなぜその設計仕様になっているかさえ理解できていない、設計者自身が説明できないような事態が起きています。
加えて、3DCADの普及も設計者の技術低下の一つの要因を考えられます。3DCADが普及したことで、3Dモデルの完成=設計完了と勘違いし、要求機能を達成するという本来の設計の目的が達成できていない状態になっていることが多くあります。
また、社内の研修制度も設計者の技術力低下に影響しています。多くの企業ではOJTを採用し、実務ベースでの教育制度を取っています。しかしながら、OJTは担当者によって教育の品質がばらつきます。ベテラン社員の中には「習うより慣れろ」という環境で技術力を磨いてきたこともあり、若手社員にも同様の指導しかできていなかったり、きちっとした指導をしたいという思いはあるものの、"教え方"がわからずに若手にうまく技術伝承ができないなどの問題が生じています。また、教育側になる中堅社員も若手同様、上述した課題を抱えていることも多く、教育によって習得できる技術レベルの限界ができてしまっていることも要因の一つと言えるでしょう。
OFF-JT研修も取り入れている企業もありますが、机上の知識習得に執着してしまい、現場でどう活かすかといった応用力が個人の裁量に任せられる状態になることがほとんどです。実務経験の乏しい若手からするとあまり身のならない研修になっていることが往々にしてあります。また、会社として積極的に研修を行っているものの、受講者のスキルにあった適切な研修が受けられておらず、受講している本人も何を受けているか、どう役に立つかわからずに受講しており、ただノルマをこなすための研修になっていることが多くあります。
このような環境の変化や研修体制から、設計者は自分の担当部分の設計だけをしていればよく、それも流用設計などで深く考える必要がないまま設計ができてしまうようになりました。本来、設計者とは、顧客要求を捉えてそれを具現化することで、顧客に価値を届ける重要な役割を担っています。しかしながら、前述したような背景から「限定的な知識」しか持っておらず、かつ「個別最適」でしか業務を行えず、本質を「考えられない」設計者になってしまっていることがほとんどです。
図1. 設計者の置かれている環境と課題
前述したような分業化が進んだ今の環境の中でも、設計者とは本来、全体最適を考え、一製品としてQCDの観点で完成度を上げていくことは変わらず必要なことです。何よりも本質は、顧客に価値を届けることです。価値を届けるためには、顧客の要求が何かをしっかりと捉え、それを具現化する力が必要です。そのような技術力がある設計者にはどのような能力が求められるでしょうか。我々は技術力がある設計者とは「幅広い専門知識」「チームでの協調」「考え抜く姿勢」を持っているものだと考えています。
図2. 設計者に求められる能力
全体最適を考えるうえでは、自分自身の設計範囲だけでなく、周辺の関連部分に対しての業務知識、技術知識が求められます。ひいては、製品を成り立たせるすべての要素について最低限の知識を持っておくことが理想です。
全体の開発プロセスの中で、今自分がやっている業務がどこか、前段階で議論された結果がどう関係しているか、また、自分の検討結果が後続にどういう影響を与えるかを知っておく必要があります。自身の担当部品の設計によって、メカ、エレキ、ソフトそれぞれどの要素にどんな影響を与える可能性があるかを理解しておく必要があると考えます。
自分の担当部分が明確に示されていたとしても、ほかに影響しあうものであればすり合わせが必要です。設計はチームで進める仕事です。一つの製品を作り上げる中で関わる関係者は多く、メカ・エレキ・ソフトの設計者、生産技術、原価管理、製造、品証など多岐にわたります。それぞれの担当者がそれぞれの目的のために日々何が最適か、どうしたらいいものになるかを検討しています。時にはお互いの追及していることが相反することもあります。そのため、一つの製品を作り上げるために幾度となく関係者はお互いの意見を出し合い、すり合わせし、落としどころを探しながら仕事を進めていく必要があります。
設計者には、前述したとおり、顧客の要求を捉えてそれを具現化する力が求められます。顧客に新たな価値を提供するためには、新規製品の開発やより難易度の高い設計が求められるシーンが多くあります。そういった環境では流用設計ではなく、新規に設計を行う必要があり、設計者の役割は、製品機能の実現という目的達成のために、多くの制約がある中で何が最適か、どうすれば実現できるかを考えることです。また、たとえ流用設計であっても、立ち止まり何が最適かを考える必要があります。考え抜く姿勢こそ、設計者として付加価値を出すために非常に重要な能力と言えます。
では、前述したような技術力のある設計者を育てるためには、どんなポイントを押さえておく必要があるでしょうか。我々は下記の3つのことが重要だと考えています。
考え抜く姿勢を身に着けるには、習慣化させるほかありません。日頃の業務の中で常に考えさせることを習慣化しておくことが重要です。OJTなどで若手を指導する際には、すぐに答えを教えず、考えさせ、自分の意見を話させることが重要です。一度深く考えさせたうえで、指導者が問いかけることで自ら間違いに気づき、理解が深まります。それを繰り返すことでより本質的な技術習得に繋がり、考える力が身に付きます。
若手設計者に対してどうなってほしいかを明確にし、教育を受ける側も、する側もお互いがしっかりと目標を認識している必要があります。目指す方向がわからず、がむしゃらに言われたことをやるだけではなかなか成果は得られません。なぜこれをやる必要があるのか、しっかりと目的を認識したうえで、教育を受ける側、教育をする側が一緒になって取り組む必要があります。特に、研修を受けさせる際に期待することや研修の目的を伝えることも、研修を自分事と捉え、真剣に取り組ませるために有効な手段です。
熱心な教育者が一人で教育を行うことも時に必要なことと思いますが、人材教育とはやりっぱなしにせず、継続的に行うことでより効果を発揮します。そのため、組織全体で向かうべき方向を共通認識にしておくことが重要です。
OJTやOFF-JTなどそれぞれの特徴に合わせて研修内容を調整することはもちろんですが、各個人のスキルレベルに合わせた研修・教育制度を採用することも教育のポイントの一つです。各々にあった研修になっていない場合、ノルマとして言われたから受けているなど、研修自体は受講しているが全く身にならないといった状態になってしまいます。組織として必要な研修を用意することも重要ですが、さらにその先の個人個人の状況に合わせて研修をあてがってあげることが、さらなるスキルレベル向上に繋がります。
本稿では、設計者の抱えている課題と設計者の育成のポイントをご紹介いたしました。設計者を取り巻く環境は今後も変化していくと思いますが、その変化に適応していくためにはより本質的な技術力を養う人材育成の環境を整えていく必要があります。環境や状況が変わろうとも今回ご紹介した育成ポイントは変わらないと思っております。設計者のベースとなる考える力を養い、個々のスキルレベルに合わせた適切な研修を行うこと。そして、組織全体で目標を共有し、それをサポートする体制を整えること。これらをしっかりと行い、顧客に価値を届け続けられる設計者を育てていただければと思います。
ISIDでは人材育成研修として数多くのソリューションを扱っております。
本稿でお話しした技術力のある設計者に必要な「幅広い専門知識」「チームでの協調」「考え抜く姿勢」を養う研修として、設計者向け人材育成ソリューション「ゼロから設計シリーズ」などをご提供しております。
また、そもそも目指すべき人材像が具体的になっていないなど、課題をお持ちのお客様には「コンピテンシー・スキルマップ」といった教育体系そのものを構築するソリューションも扱っております。ご興味がありましたらお気軽にお問い合わせください。