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骨太のエンジニア

20年近く前に、株式会社アイデアの前古氏の講演で「鬼に金棒の技術者を目指そう」という話を聞きました。最近の前古氏のコラムでも書かれています。(末尾の参考をご覧ください)

図1 「鬼に金棒」の意味

鬼は、強い力と金棒(強力な武器)と金棒を振り回す技術を持っています。ですから、どのような敵が来たとしても、戦うことができるということです。その「強い力」「金棒を振り回す技術」「強力な武器」をエンジニアの立場で考えると、「基本的な考え方・技術能力」「手法を使いこなす能力」「各種の手法」と言うことができます。技術に対するしっかりとした考え方を持ち、各種手法をきちんと理解し、そして、それらの手法を使いこなすことができるエンジニアが、目指すエンジニア像です。

それでは、そうした「鬼に金棒のエンジニア」を、どのようにして教育し、育成していけば良いでしょうか。エンジニアの教育にあたって様々な課題があることは承知していますが、ここでは次の3つの課題に絞って考えてみます。

「基本的な考え方、技術能力」に関する課題として、次の2つを取り上げます。

1.技術能力のベースである基本的知識の理解度を、使えるレベルにまで上げる
2.現象を理解する力,モデル化する能力を高める(考えるやり方を身に付ける)

「手法を使いこなす能力」「各種手法」に関する課題としては次のものがあります。

3.各種手法の本質を理解した上で使いこなせるようにする(手法に使われないようにする)

それらの課題に対する方策を検討するにあたり、エンジニアを教育する「場」として、現場の業務の中での教育である「OJT」と、現場の業務から離れた教育である「OffJT」の2つの観点に分けて考えることにします。どちらかがあれば良いということではなく、その意味合いからして両方の教育の「場」が必要です。

OJTのみ

直接の上司の影響が大きく、上司がその教育内容の知識を持っていない、あるいは理解をしていなければ、担当者も学ぶことができません。理解することができません。

OffJTのみ

知識としてその時は知ったとしても、実際の業務での実践を伴わないので本質的な理解ができません。知識の本質は実践を通して身に付くものだからです。

つまり、エンジニアの教育にあたっては、「OJT」と「OffJT」を、有機的な繋がりを持ちつつ推進することが必要であるということです。「OffJT」で系統的に知識を学び、「OJT」でそれを実践することで、効率的に知識が身に付き、技術や手法の本質を理解出来るようになり、実際のエンジニアとしての業務において有効に活用できるようになるということです。

縦軸にエンジニアの教育に関する課題を、横軸に教育の「場」である「OJT」と「OffJT」をとって、どのようにすれば良いかを表1の形で示します。

表1 「OJT」と「OffJT」

表の中に、課題とそれぞれの場でのエンジニアの教育において重要と思われる点を記しています。課題の種類によってやり方が異なるということと、「OffJT」と「OJT」を連携して行うとはどういうことであるかが分かると思います。

「基本的な考え方、技術能力」の教育においては、「OJT」での検討結果を具体的な事例として「OffJT」での教育において用いることで、系統的な学びを基にした実践的な理解に繋がります。「手法関連」の教育では、「OffJT」の学びにおいて俯瞰的に見ることで手法の本質的な理解を目指しますが、「OJT」においても、手法の適用を目的とするのではなく、実践を通して手法の本質を理解するということを目指します。同じものを目指していますので、相乗効果によって各種手法に関する理解が深まると思われます。

エンジニアの教育に関する具体的な仕組みは、各社でいろいろとあるでしょうが、表1の枠組みによって各仕組みを位置付けてみると、それぞれの仕組みや目的、内容の妥当性が明らかになるのではないかと思います。また、「繋ぐ」という観点で、それらの仕組みをどのように連携していけば良いのかということも明らかになると考えます。

QFDシンポジウムでのマツダの金井氏の講演を参考にし、別の観点からも考えてみます。

企業として、次のような取組を行ってきているところが多く見られます。私の前職でも同様ですし、様々な会社でも同様のことがらがあると思います。効率化のためのITの導入(パソコンの活用)や、組織別、個人別の作業分担の明確化、また、過去知見の活用という点でのマニュアル化(さまざまな標準の整備)等です。それらの取組に対して、次のような課題があります。表2に示します。

表2 取組課題

今はほとんどの作業をパソコンの画面上で行うことができます。その結果として、思考がパソコンの画面サイズに限定されてしまっているのではないかということです。画面に見えていないところへ思いが至らないということでもあります。全ての知識、情報をパソコン上で得て、それを基にして作業をしますので、現場のことを考えずに、現場の空気感等を知らずに、机上の空論になる議論を行ってしまうことがあるということです。

作業の効率化のために、組織やその中の個人別に、分業、分担が行われています。自分自身や自分の所属する組織の業務は懸命にやりますが、周辺のことは別の部署や別の個人が担当していますので、そこに対する思いが行きわたらない場合があります。いろいろな問題は組織と組織の狭間、人と人との間で生じるというのはよく知られています。そういうところで問題が起きやすいということです。全体を見ることができれば、また全体感を持っていれば良いのですが、分業、分担が重視されるとそうした見方ができにくくなります。

業務を間違いなく行うためにはマニュアルのような標準類は必要です。ただし、行き過ぎると、マニュアル通りに検討する、標準類を守ることが目的になりがちです。本来の目的を見失ってしまうことになります。そうしたエンジニアのことを、マツダの金井氏は講演の中で「か細いエンジニア」と呼んでいました。考える対象が限定されていて基盤がぜい弱であるだけでなく、考え方として、自分で考えるということができていない、応用力がないエンジニアということです。

では、上記のような課題に対して、どのように対処すれば良いでしょうか。金井氏の講演内容を基に、私見も加えると、表2のように示すことができます。

表2 課題と対応

自分なりのビジョンを持ち、全体を知るための全体感、それを示した鳥瞰図を意識し、自分の担当領域に詳しいだけでなく周辺領域にも精通し、必要な場合は躊躇なく現場を訪ねて観察する5現主義を実践し、全体の進め方として「なぜ」を基調に考えるエンジニアを目指すということです。特に、視点としての全体感、鳥瞰図の活用と、考え方として「なぜやるか」を重視するという点が重要と思います。「なぜ」のためには、対象の周辺を知ることが必要ですし、現場で実際の現象を観察することも大切と思うからです。こうしたエンジニアのことを、マツダの金井氏は講演の中で、「強固な基盤を持つ骨太のエンジニア」と言っています。

骨太のエンジニアになるためには、ただ「考え方」を知るだけでは不十分で、「考え方」を身に付ける、自分のものにする、使えるようにするということが必要です。実際の問題で自ら考えることを実践し、深く考え、参加者と対話して考えを拡げ、その中で得た経験を通して「考え方」を身に付けることができます。

「考える練習ワークショップ」は、考え方を身に付けることを支援するためのものです。今回は、その「考える練習ワークショップ」の紹介をします。

考える練習ワークショップ

  • 専門的ではなく一般的なテーマを用いることで、専門知識の有無に関係なく参加できるようにしています。どのようなテーマかは、後ほど示します。
  • いろいろな観点で考えるシーンを設定し、実際に考えてもらうことを行う、実践的なワークショップです。どのような考えるシーンであるかも後ほど示します。
  • 自分の頭の中で考えるだけでなく、グループで議論をすることで自分の考えを見える化して伝える、他のメンバーの意見を聞くという練習にもなります。

6つのテーマ

専門的ではなく全ての参加者が興味を持ち、理解できるテーマとして、NHKのEテレの番組「考えるカラス」を参考にして考案しています。そのイメージが図3です。6テーマ載せています。

図3 テーマイメージ

それぞれの詳細は説明しませんが、風船の問題や卵の問題等、身近で馴染みがある題材を用いたテーマです。

考える4つのシーン

対象とする現象を前にして、それを理解しようとすると、一般的には次のような手順をとると思います。①現象を観察する ②観察結果をもとにして現象を説明する仮説を考え、立案する ③立案した仮説を検証するための実験方法を考える ④仮説の検証結果によって現象を理解する

ワークショップでは、この4つの手順に合わせる形で4つの考えるシーンを設定し、具体的に考えることを行ってもらいます。図4にその手順と考えるシーンとの関係を示します。

図4 手順と考えるシーン

次に示す4つの考えるシーンを設定しています。考える目的を明確にし、具体的に深く考えてもらうためです。

  • テーマの課題の結果を、メカニズムを考えながら予測する
  • 実際に見た実験結果を基に、なぜそのような結果になったのかという仮説を考える
  • 仮説を検証するための実験方法を考える
  • 現象のメカニズム仮説を検証し理解したら、それを基にして新たな課題を考える

図4に書いているように、2番目以後の考えるシーンでは、ひとりで深く考えるだけでなく、自分で考えた結果を見える化しておいて、グループの中でメンバーとの対話を通して広く考えるということも行います。

複数の大学の工学部の研究室で、学生、院生を対象に、リモートで実際にワークショップを行いました。2時間程度の時間をかけています。テーマとしては、図3の中の「2つの風船」のテーマを用いました。

事後にアンケートを取りましたが、以下のような結果でした。

  • ワークショップの内容に、興味、関心を持てましたか?→非常に興味を持てた(8割)
  • このワークショップを知り合いに勧めたいと思いますか?→ぜひ勧めたい(8割)

このようにワークショップの内容に関して、高く評価されました。

ワークショップでは、図4で示した考えるシーン全体を繋ぐ考え方として、図5の内容を示しています。アンケート結果からも、よく理解されていることがわかりました。

図5 エンジニアの考え方

「現象」と「登場人物(部品やその特性)」の間にある「特性」は、間にあることから「中間特性」とも呼ばれます。この「中間特性」を考えることで、現象の本質に基づくメカニズムのモデルを考えることができるということです。

参考:
株式会社アイデア ホームページから:https://idea-triz.com/column/triz-tips-c21
第21回QFDシンポジウム特別講演 マツダ 金井誠太(2015年)
日本放送協会:「考えるカラス」Webページ,http://www.nhk.or.jp/rika/karasu/,2020
中村幸宜,羽山信宏他:「システムズエンジニアリングとMBDにおける機能の階層化とエネルギーモデル」、電気学会論文誌C Vol.140 No.3 pp296-302、2020

本記事は、201910月から202112月に掲載された岡建樹が執筆したコラムを再編成したものです。

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